第三章 脚

 この日も、レントゲン写真をひと目見た医師はあっさりと告知した。

「検査結果が出ました。左脚もですね」

 私は何も言葉が出なかった。

 医師は少し間を置いて言った。

「残念です」

 その瞬間、身の内に怒りが溢れるのを覚えた。

 あんたに何がわかる。手足を失う悔しさも知らず、見えない病魔に身を蝕まれる恐怖も知らず、その肩から健やかに伸びる両腕を享受して当然と思っているお前に。

 おれの何がわかる。

 私はそれが理不尽で言いがかりに過ぎない病人の逆恨みだということを十分理解しながら、しかしそれを思う権利はあるに違いない、と惨めな確信を持って、全力で思った。無言のまま必死で感情の波をやり過ごす私に、医師もまた無言で向き合っていた。

 誰にもわかるまい。自分にすらわからないのだから。失われゆく部分と残された部分を、どう受け止めればいいのか。

 

 歩くこと。

 それがどれだけの活力を自分に与えてくれていたことか。

 陽光あふれる外の世界との接点となっていたか。

 明日への希望を抱くための第一歩であったか。

 壁に肩を当て、残された右脚でひょこひょこと跳ねながら思った。

 壁沿いばかり歩き続けるわけにはいかないので、車椅子を注文した。電動で片手ひとつで操作できる。

 その操作をするべき片手が、ひと足先に出来上がってきた。

 リハビリセンターから久しぶりに大学病院へ行き、医師の診察を受けてから、義手を装着する。リハビリセンターの理学療法士が同行し、一緒に、外来患者の診察室とは別に用意された小部屋で医師を待った。

「担当医が変わったようですね」

 書類に目を通していた理学療法士が言った。間もなく引き戸ががらりと開いて、医師が現れた。女医だった。分厚い戸はゆっくりとひとりでに閉まった。

「はじめまして、担当をかわりました、河村です」

 快活に、てきぱきと話す。前の担当医といい今回といい、最近は若い医者が増えたな、と思ったが、自分より若いだけで、仕草や話し方にはそこそこベテランのような余裕がある。要は自分が年を食っただけか。彼女がごく自然に浮かべているふうわりとした笑顔につられて、こちらも柔和な表情になっていくのがわかる。

 届いた義手はつるりとした銀色で、つめたい光を放っていた。その場にいた三人共、一瞬言葉を失って見惚れるほど、その義手は美しかった。

「こういうのが出てくる映画、ありましたよね。昔の……何でしたっけ」

 若い理学療法士が言った。

「ターミネーターとかかな。ちょっとロボットみたいだよね。せっかくだからかっこいいのにしたくて、奮発したんだ。おかげで片腕分しか買えなかったんだけど」

 私は少し得意になって説明した。片腕の生活には多少慣れてきていたので、両腕揃えることにはこだわらないことにしたのだ。片腕でなんとか仕事にも復帰できる。

「アメリカ製ですよね。私も実際に見たのは初めてだわ。いいセンスですね」

 そう言って、河村医師は綺麗に並んだ小さな歯をのぞかせてにっこりと笑った。その一切の思いやりや労りを含まない言葉と笑顔が、彼女の前で私を健常者と平等にした。

「そうです。簡単な人工知能が入っていて、あとから届く車椅子とも連動するはずです」

 銀色の真新しい右腕は、いくら眺めていても飽きることがなかった。

 賢く美しいガジェットを手に入れると、使いこなすためのモチベーションが俄然湧いてくるものだ。義手は携帯電話の機能を併せ持ち、PCと連携して、ストレスのない音声入力を可能にした。するとキーボードを打つ必要がなくなったので、タブレット型のPCに切り替えた。

 不思議だ。手脚を失っても、補う方法はいくらでもあるように感じた。不可能になったと思ったことの多くは機械と社会のシステムが可能にしていった。変わったことといえば、自分の身体から手脚がなくなったことだけだった。そしてそれは厳然たる事実であった。私の美しい義手は、義手にすぎなかった。

 

 やがて右脚も失った。

 河村医師は、診断結果の他は何も言わなかった。労りや慰めの言葉が、言う側がどんなに真摯な気持ちで発したとしても、当人にとって全く空疎であることを知っているようだった。ただおそろしく真剣な顔で、私が黙っている間ずっと私の両眼を見つめていた。あまりに長く沈黙が続いたので、終いにはちょっと可笑しくなってきて、慌てて返事をした。

「わかりました」

 それでも河村医師が何も言わないので、すこし間を置いて、笑って続けた。

「大丈夫ですよ」

 かつて片手で荷を持ち上げられず途方に暮れていた私は、持ち上げられ運ばれる荷になった。銀色の義手はそれでも懸命に私の自立を助けてくれたが、もはやリハビリセンターを退院して以前のような一人暮らしをすることは半ば諦めかけていた。

 リハビリセンターには様々な患者がいた。片腕のない者、両腕のない者、片脚がない者、義足、半身麻痺、言語障害、精神障害、老人、子ども。見た目が文字通り五体満足でも手脚を全く動かせない患者もいた。しかし、私のように四肢がないのは珍しかった。

 さすがに患者同士が互いをじろじろ見ることはないが、やはり「この人はどこが不自由なのだろう」という興味は皆それなりに持っている。四肢切断者は目に見えてそれがわかるので、誰かとすれ違う時ちらちらと視線が追ってくるのを意識してしまう。入院が長期に渡るようになると、なんとなくセンター内で人目を避けて行動するようになった。

 代わりに、銀色の義手の人工知能と会話するようになった。人工知能は博識だったので、何か尋ねるとすぐに答えた。

 妻のことを思い出すことがなくなった。

 飲んでいた薬の影響で抵抗力が落ち、感染症に罹りやすくなっていた。

 ある日、目が痒くてたまらなくなり、眼科を受診した。しかしなかなか治らず、次第に視界が濁り、視野が狭くなってきた。

 いつか失明するのだろうか。

 失明すれば、両腕両脚がない自分の姿を直視しなくて済むのか。

 そして脳に蓄積された風景の中に生きるのか。

 コンタクトレンズはもうずいぶん前に使うのをやめていた。眼鏡も数少ない外出時と仕事でPCを使うときしかかけない。その仕事も、手術で入院するたびに減っていき、今ではほとんど収入になるような仕事はなかった。元々の近視と乱視に加え、眼病のせいで裸眼ではほとんど使い物にならない。しかしそれもどうでもよくなってきた。

 世界がぼんやりとしか視えなくなると、自分に起きたこの恐ろしい運命も少し和らいで思えた。

 合わない焦点を合わせようとすると頭痛がした。眼を開けているだけで辛い。

 眼に映らなければ、己の滑稽な動作を恥じる気持ちも起きない。他人の奇異の目からこそこそと隠れることも、同情の眼差しに苛立つこともない。センターの職員の健康な手足に嫉妬することもなく、失った器官のことを一瞬忘れることすらあった。暗闇の中で、人は皆平等だった。

 夜、すべてのことから意識を遮断すると、心臓の音が聞こえてきた。それは淡々と呟いているような音だった。

 

 心臓はまだ動いている。

 心臓は動き続けている。

 

 


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