ジョシュア、ハル、ヘイゼルの三人は城で待機していた。客人三人は飛行には慣れておらず、武器も満足に扱えなかったので、どうせ戦力にならないという判断で城で留守番をすることになったのだ。ロッドとリリーだけがラーンスロットに伴われてベルナデッタ救出に行った。
「おおい、帰ってきたようだぜ」
テラスで上空を見張っていたヘイゼルが言うと、ジョシュアとハルもテラスに出た。
先にグロリアを乗せたロッドがテラスに降り立つ。
「ふう、ただいま!」
ハルはグロリアの腕に抱かれたビビを見て息を呑んだ。
「ロボ・ビビ……」
ハルはロッドから降りたグロリアに歩み寄り、ビビに触れる。
ビビは、三等身ほどのロボットだった。
ビビは薄汚れていたが、呼びかけに応えて、丸い大きな頭をくるりと回して眼をチカチカと光らせた。背丈は人の腰くらい。大きな頭部に大きな目と小さな口、耳の位置には集音マイクがついている。胴体からは細い両腕が伸び、円盤状の脚部は前後左右に自在に走行することができるようだ。胴と脚の間には蛇腹状の関節がつき、伸び縮みすることで棒立ちにならず、クッション材の役目も果たしている。
「それが『使い魔』?」
ハルの背中に向かってジョシュアが尋ねる。
「その子はロボ・ビビ151型よ」
答えたのは、グロリアより少し遅れて、ラーンスロットと共に天馬から降りたベルナデッタだ。声を認識して、ビビはくるっと彼女へと顔を向けた。
「ハロー、ドクター・ベルナデッタ」
ビビが子どものような声で話した。
ベルナデッタはビビに駆け寄ると、細かく点検した。
「……良かった、ちょっと傷んでいるけど致命的ではないわね」
その様子を見て、ヘイゼルが呟いた。
「どう見ても人形だ……使い魔と言うから、俺はもっと黒猫とかそういう類いのものかと……」
ベルナデッタは見慣れない服装の客人たちを見渡して言った。
「わたしはベルナデッタ。これはロボット型タイムマシンのロボ・ビビ151型。あなたがたは?」
「失礼しました、はじめましてマダム。僕はジョシュア・エヴァンズ。こちらは友人のハルと……新聞記者のヘイゼル」
ジョシュアは両脚を揃えて挨拶をした。ヘイゼルの紹介の時にためらったのは、彼を友人と呼ぶにはまだ心の整理がついていなかったためだ。
「はじめましてベルナデッタ。あなたに会いに未来からやってきた」
「ハロー、ハル。あなた、ロボ・ビビを知っているのね」
「話には聞いたことがある。二十一世紀初頭にイギリスで最初に作られたタイムマシンだと。確かケンブリッジの学生がプロトタイプを作ったはずだ」
「二十一世紀……?ちょっと待て、俺らが来たのは18……」
「少し黙ってヘイゼル。あんたはいちいち訊く前にもう少し自分の頭で考えるべきだ。メモでも取ってろ」
どう見ても年下のジョシュアに叱られて、ヘイゼルは大きな背中を小さく丸めて大人しくメモを取り出した。
初対面だというのに、ハルとベルナデッタの間には、二人だけの共通言語があるようだった。ジョシュアは二人の会話をひと言も聞き漏らすまいと神経を集中させた。それはベルナデッタがハルの謎を解き明かしてくれる予感だった。
「正解よ。その初代ビビを改良して作られたのがこの子。ロボ・ビビ151型。初代モデルより頑丈で、座標の計測も正確よ」
「そのロボット型タイムマシンでなぜ中世に?まさか魔女になるためじゃないでしょう」
「冗談じゃないわ、危うく殺されかけたんだから。でも絞首台に登れるなんて、なかなかない経験だったわ」
言葉とは裏腹に、ベルナデッタは笑って言った。年齢は三十を少し超えたくらいだろうか。
「ねぇベル、ベルが先に帰っちゃうから、わたしたちハルに頼み込んでここまで連れてきてもらったのよ」
「頼み込んで?脅迫の間違いじゃないのか」
「あらそれはごめんなさい。すぐに連れに戻るつもりだったの。でも予定外のことが起きて……捕まっちゃったので行けなかったのよ。良かったわ、無事で」
「なんで捕まったの?ベル、黒魔術なんか使えないでしょう?」
「使えないけど使ったことにさせられてしまったのよね。人間ってそういうものよ。でも今回は失敗。私が悪いの。やっぱりタブーを犯してはならなかったのね。反省したわ」
「……タブー?」
ジョシュアはその言葉に引っかかって、つい聞き返した。
「過去を変えてしまったのよ」
ベルナデッタはジョシュアの顔を見て言った。
「村に、それこそ魔術なんかとは無縁の女の子がいてね。たまたま仲良くなったんだけど、何の間違いか、誰かにはめられたかで、魔女裁判にかけられたんだ。あんなの有罪にするための拷問だから、もちろん絞首刑決定。さすがに理不尽で、ちょっと助けてあげたくなったの。それで時間をちょっとだけ戻して、捕まる前に村から逃したんだけど……代わりにわたしが捕まってしまったというわけ。参ったわ、ビビとも引き離されてタイムワープで逃げることもできないし」
「あなたが捕まったのは、過去を変えたせいなのか?」
「たぶんね。直接繋がりがないように見えても、目に見えない事象が玉突きのように影響して、結果的には似たような結末を求めるんだと思う。時空の神は、きっと魔女を誰か一人殺したかったのよ」
「つまり、あなたは最初の娘の身替りになったということ?」
「おそらくね」
「でも結局死んでない」
「そう。でも時間は戻していないから、もう誰かが玉突き処刑されることはないと思うわ。呪われた城の主に助けられたから、城の呪いのほうが勝ったのかもね」
そう言ってベルナデッタは笑った。
「さ、わたし首を括られそうになって疲れているのよ。続きは着替えてからでいいかしら?」
確かにベルナデッタの服は、砂と埃にまみれていてあちこち破れてさえいた。
「それは気づかず失礼。もちろん結構ですよ、ベルナデッタ。続きは是非お茶でも飲みながら」
「おい、この城に茶なぞないぞ!あるのはワインと薄いビールだけだ!」
それまで黙って聞いていたラーンスロットが遠くから怒鳴った。
「……失礼、ではワインかビールを」
「薄いビールよりはワインがいいわね」