酒場の外に出ると厩には同じように翼の生えた馬が何頭か繋がれていた。天馬は騎士がつけていたのと同じ、銀色の甲冑をつけている。
空を見上げると大鷲や大蛇も悠々と飛び交っている。頭や頸には甲冑をつけ、脚には鋭い金属製の爪が装備されている。そしてその背にはやはり人を乗せている。ランスロと同じような甲冑の騎士もいれば、狩猟服のようなものを着た紳士や、女性もいるようだ。
「……ハル」
「なんだ」
「僕らはとんでもないところに来てしまったのではないだろうか?」
「……とりあえず君の家に行こう」
「ああ」
ロンドンの空を跋扈する幻獣たちを見上げたまま、ジョシュアは頷いた。
辻馬車を捕まえて帰路につく。馬車に繋がれているのはごく普通の馬だった。
「ヘイゼルが心配だ。奴が余程の阿呆でなければ君の家に向かっているはずだ」
「ヘイゼル!そうだった」
「まさか忘れていたのか」
「いるとうるさいからね。存在を忘れたい。そもそも何故連れてきたのか」
馬車がジョシュアの家に着いたのは午後十時を回った頃だった。
「ミスター・エヴァンズ!」
先に来ていたらしいヘイゼルが家の前で待っていた。
「ミスター・モーガン、一緒だったんですね!良かった、ベルを鳴らしたんですが誰もいなくて」
「ジャックはいないのか?そんなはずは」
ジョシュアがドアに手をかけた瞬間、背後で低い唸り声がした。
「ぎゃあっ」
続く悲鳴。
振り向くとそこにはまさに異形の化け物がいた。
倒れているのはヘイゼルだ。
その上に、「それ」はいた。
「……犬?」
いや違う。犬のようだが、犬にしては巨大な黒い影。細くしなやかな脚と胴はしかし、乱れた毛に覆われて醜悪な輪郭を描いている。
漆黒の中にそこだけ爛々と光る両眼がこちらを見据えている。やがてぴちゃ、ぐちゃ、と血肉を喰む音がして、鋭い牙と頑丈な顎が哀れな記者の肉体を貪っている。
そう、その巨大な犬には、こちらを威嚇している頭とは別にもうひとつ頭がついていたのだ。