天馬に騎乗していた男は中世の騎士のように甲冑をつけていた。大柄で髭は伸び放題、長い髪は無造作に束ねられている。
「ランスロさま!」
少女が声を上げて男に駆け寄っていく。
「知り合いらしいな」
男は既に酔っているようで、若い店員二人がかりで馬から降ろされている。酒場の上は宿屋になっているので、そのまま部屋に連れて行かれたようだ。馬は外へ引き出された。
「ハル、僕らが時間旅行すると何故馬に翼が生えるのだ?」
「……おそらく我々のせいではない。誰か別の旅行者がいるはずだ」
「ジェーントルマーン!」
先程の少女が人混みをかき分けて戻ってきた。後には例の甲冑男。ハルとジョシュアが呆気にとられている間に、少女と甲冑男は二人を挟んで座ってしまった。
「紹介するわ、こちらランスロさま」
「どうも。私はジョシュア」
少女の勢いに押されてつい手を出してしまう。甲冑男はその手を力強く握り返してぶんぶんと振った。
「……ハルだ」
ハルも観念したらしい。もしくは諦めたのか。もう「話すな」とは命令してこなかった。甲冑男はハルの手もぶんぶんと振り回す。
「いやいや、君らは幸せだなあ!こんなにうまいビールが飲めるなんて!おいリトル・グロリア、私はもう戻らないぞ!ずっとこの時代で旨い酒を飲んで暮らすんだ!」
甲冑男が髭の中でもごもごと言う。相当酔っているらしく、ろれつが回っていない。喋りながらふらふらと前後に揺れている。と思うといきなり大声を出す。
「おい!ビール!ビールをくれ!」
酒の注文だけはやたらと言語明瞭だ。注文し終えると、またぐでんとテーブルに顔を埋める。かと思うと、すぐ隣に座っているハルにやたらと顔を近づけてくる。
「ハル、ハルピュイア、君はその魔の美声で俺を恋の虜にして、俺の心を貪り食おうというのか……」
甲冑男の、その風貌に似合わない細く長い指が、ハルの顎に触れた。ハルは軽くその手を払い除ける。
「おいグロリアーナ、彼はなにか勘違いをしていないか」
「ランスロさまは男性がお好みなの。昔、主君のお妃さまと悲恋の末に主君も親しかった騎士たちも失った過去があって、もう女性はこりごりなんですって」
「どこかで聞いた話だな」
「ああ我が愛しのグウィネヴィア!」
甲冑男が突っ伏して泣き喚く。
「僕のイメージでは、ラーンスロット卿はもっと凛々しい美男子なんだが」
ジョシュアが口を挟む。
「失礼ね、じゅうぶん美男子よ。今ちょっと乱れているだけで……」
「ハルピュイア〜私を見捨てるな〜」
「酔うのは結構だが人を人面鳥扱いするな」
「悪酔いしているな」
ハルがむさ苦しい風体の大男に絡まれる様子に、ジョシュアは苦笑した。自称・アーサー王伝説の英雄は、その名声からは想像もつかないほどの零落ぶりを発揮していた。自分も酔いが回ってきたのかもしれない、とジョシュアは思った。ぐるりと見回すと、見慣れたはずのパブがいつの間にかすっかり非現実的な世界になっている。
「しかし、なぜ円卓の騎士がシティのパブに現れたんだ?」
ジョシュアが少女に尋ねる。
「あたしたち、人探しをしているの。時間を……超えられる人を」
ぴく、とハルの表情が固まる。グロリアはそれを見逃さなかった。
「やっぱりそうなのね?ああ良かった!実はあたし時間旅行でここに来たんだけど、連れてきてくれた魔女が先に帰ってしまって」
「……やはりな。この世界の変動率はあんたがたのせいか」
「そうにらまないでよ。ねぇ、ほんとにあなたたち時間を超えられるの?さっき話していたでしょ?過去を変えるとか未来に戻るとか」
「気のせいだ」
「嘘」
「たとえそうだとしても君らと関わる気はない。おいジョシュア、そろそろ時間だ。目的を達成しなければ」
「ああ、そういえばもうそんな時間か」
「忘れていたのか」
二人が時間旅行した目的。それは惨殺死体の正体を見届けること。
「いいわ、行ってらっしゃいな。ごゆっくり。でもきっと気が変わってよ。またお会いしましょ」
「そうだ、グロリアちゃん、君はいつから来たんだ?」
別れ際、思い立ってジョシュアは尋ねた。
「666年前よ。あんたたちは?」