第四章 エキゾチッククレイジーナイト イン ネオ・ホンコン<2>

第四章 エキゾチッククレイジーナイト イン ネオ・ホンコン<2>

 記憶が曖昧に溶けていく感覚は眠りに落ちる直前とどこか似ている。

 たとえば一年後、あるいは十年後、未来がどうなっているのか想像することは容易だ。同様に百年という月日も、悠久の時の流れの中では一瞬に過ぎず、変化はゆっくりと訪れる。しかし時折、時代は想像を超える速さで進化することがある。十九世紀はまさにそんな時代だった。その最先端を疾走する大英帝国は、ゴールが見えない線路の上をただ身の内で燃える力によって全速力で走らされ続ける蒸気機関車そのものだった。その結果、百年後を予測することはもはや難しい時代になったと、ある時人々は気付く。暴走する汽車を止めることはできない。どこにたどり着くのか知らないまま、乗り続けるしかできない。

 

 四人がタイムワープの光を抜けると、想像を超えた場所に出ていた。

 ジョシュアが、そのまま眠ってしまいたい衝動をなんとか押し退けて目を開くと、そこは埃っぽい本が山積みされた穴倉のような狭い狭い部屋だった。

「……ミスター・エヴァンズ、訊いていいか?」

「……ああ、ミスター・ヘイゼル。できれば僕に答えられることだけにしてくれ」

「ここはどこだ?」

「……三千年後じゃないか?話を聞いていたのか?」

「それは聞いていた。しかし一体誰の家だ」

「知らん。僕に訊くな」

「私も知らない……」

 ハルは壁を天井近くまで埋め尽くす本の山を眺めながら言った。他には机がひとつ、椅子がひとつ。いずれも木でできた簡単な作りのものだ。ハルは思いついたように腕時計に目を落とす。

「時間は合ってる、三千年後だ」

 ハルは同じく立ち尽くすベルナデッタを見た。ベルナデッタも首を横に振る。

「見当もつかないわ。ランスロの城のどこかにこんな部屋があるのかしら」

「……漢字が多いな。中国の本か?英語の本は、半分くらいか」

 ジョシュアは本を眺めて言った。目についた英語の本を一冊手に取る。

 

   世界近代史概略

 混沌の時代・西暦は2300年をもって廃止された。西暦時代、人類は試行錯誤を繰り返しながら一貫して繁殖し続け、人口を増やしてきた。その一方で人間同士が殺し合う戦争も多く行われてきた。

 その後、宗教と民族の垣根を超えた平和的世界を標榜して世界標準暦が制定される。その歴史千年の間に、地球統一国家のもと世界政府を実現させる。これにより少なくとも戦争という国家による虐殺が行われることはなくなった。地域的な紛争は時折勃発したが、法の下適切に対処されたため犠牲者は最小限に抑えられた。

 世界標準暦1000年、世界政府によって新たな暦法が制定される。宇宙暦である。宇宙暦は、その名の通り宇宙開発時代を象徴している。まず火星や月軌道上に大型の宇宙ステーションが建設され、それらを拠点に太陽系内惑星の資源開発が進められる。更にワープ航法の発達により太陽系外の植民星開拓が進められる。銀河系内には、いくつか人間が居住できそうな地球型惑星が発見され、植民が試みられた。植民星では、鉱物の採掘から農地開拓まで様々な活動が行われた。

 一方、故郷地球の資源は枯渇し、大気・海洋・土壌の汚染は深刻化の一途を辿っていた。宇宙暦時代は、地球を喰い潰した人類が生き残る世界を宇宙へ求めた時代でもあった。

 実際、人類は地球から解き放たれようとしているかに見えた。

 宇宙暦1400年代、世界各地で復古主義が隆盛する。世界政府は形骸化し、古代西暦時代の地図を復元したかのような王朝・帝政国家が各地で復活した。こうして宇宙暦1502年、統一国家は事実上崩壊し、新宇宙暦へ移行した。

 宇宙暦開始のごく初期から、植民星への移民の影響もあり、人口は減少に転じる。人工食糧による免疫機能の低下でアレルギー疾患が多発。大気に満ちるアレルゲンを回避するために、人間はドーム都市から離れては生きられなくなった。かつて強靭だった肉体は喪われ、豊かな自然に育まれてきた精神活動さえも行き詰まっていった。閉鎖空間が精神にもたらす影響については数多くの研究結果が発表されている。暗く鬱屈した、行き場のない衝動に支配され、まず自殺者が増えた。自殺の衝動から逃れるための新興宗教も数多く隆盛した。

 そして今、数千年にわたって封印されてきた「戦争」が起きようとしている。膨大な時間と多大な努力により築き上げてきた、平和で平等で安定した社会は、今まさに破壊されようとしている。

 今まさに、世界はゆっくりと死に絶えようとしているのだ。  


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