第三章 中世の呪われた古城と魔女の使い魔<6>

第三章 中世の呪われた古城と魔女の使い魔<6>

 小一時間後、あらためて肉とワインと(薄い)ビールが並んだ食卓に一同が集まった。

「なんだか昨日からずっと酒を飲んでいる気がする……」

 紅茶好きのジョシュアはぼやいた。

「紅茶が恋しいのは私も同じだ。お互い、無事にロンドンの家に戻れることを祈ろう」

 ちなみにイギリスに初めてお茶をもたらしたのは十七世紀の東インド会社である。それまで人々は貴賤の別なく不衛生な水に悩まされ、様々な製法のアルコール飲料で渇きを癒していた。

 ベルナデッタは数日間の投獄生活で飢えていたのか、よく食べた。彼女を助けるためにひと仕事してきたラーンスロットとグロリアも、勢いよく肉を食べてはワインを飲んでいる。

 ヴィクトリア朝からやってきた文化的紳士たちは、食傷気味にその様を眺めるしかなかった。

「よく食べますねぇ……」

「まあ、我々は城で待っていただけだからな」

「あなたがたこそ、どうして」

 ベルナデッタが肉をかじりながら訊く。

「マダム、食べ終わってからで結構ですから」

 ジョシュアが慌ててなだめた。ベルナデッタはワインを飲んで肉を流し込む。

「ここへ来たの?」

 ジョシュアとハルは顔を見合わせる。

「我々は十九世紀末にロンドンで起きた殺人事件を追って、二日過去に時間旅行したんだ。しかしそこは二日前のロンドンではなく、見たことのない妖獣たちが跋扈する『もうひとつの世界』に出てしまった」

 そこでラーンスロットやグロリアと出会ったこと、謎の妖獣遣いに襲われたこと。ハルは三人が旅してきた経緯をかいつまんで説明した。

「元の世界で起きた事件もその妖獣の仕業じゃないかと思うのだが、『もうひとつの世界』が『元の世界』にどう作用しているのかはっきりしないんだ。グロリアーナとラーンスロット卿に案内されてここまで来たが、ここもまだ『もうひとつの世界』のようだ。これは仮説だが、過去のどこかの時点でふたつの世界が分かれたと思っていたのだが……たとえば生物の進化の選択が間違った結果、この世界が作られたんじゃないかと」

「あー、」

 ベルナデッタが片手を上げて、話を遮る。

「半分は正しいわ。でも半分は間違っている。この魔法の支配する世界はやがてあなたの見てきた『もうひとつの』十九世紀につながる。仮にそれをカオスワールドと名付けましょうか。そこから本来のコスモスワールド  あなたがたが元いた世界ね  に戻すには、ふたつの世界が分かれた時点に行かなければならないの。それがいつなのかが問題」

「もし進化の歴史を遡るなら、膨大な時間を巻き戻さなければならなくなる」

「ええ、でもその必要はない。半分間違っているって言ったでしょう。カオスとコスモスの分岐点は、進化の過程なんかじゃないのよ。

 あなたねえ、ある日突然、馬に翼が生えると思う?ごく普通の女の子が魔法使いになって物を消したり出したりできるようになるとでも?進化っていうのは緩やかに起こるのよ。太古の地球に行って突然変異種を走り回って探すの?そんなの何回タイムワープしたってできっこないわよ」

「……じゃあ分岐点に戻る方法はないということか?」

 ジョシュアは困惑して言った。

「……未来か」

 ハルがぼそりと言った。

「正解」

「わたしは歴史学者よ。ロボ・ビビ151型は私の相棒。ビビを使って、古文書や古代遺跡に記された時間旅行の痕跡を調査しているの」

「そんなに昔から時間旅行が……?」

「いいやジョシュア、たぶん違う」

「ええ、『未来から古代へ』の時間旅行よ。古代文明や歴史に影響を及ぼした時間旅行者がいなかったかを調べるの」

 この時ジョシュアの心に何かが引っかかった。しかし聞きたいことが多すぎて、言葉として認識される前に意識の奥にしまい込まれてしまった。

「初代ビビのようなタイムマシンは二十一世紀にいくつか開発されていたけれど、世界で初めて公式にタイムトラベルの実験が行われたのが2101年。タイムトラベルのための安定的ワームホールが実用化されるのは西暦2180年。ところがタイムトラベルの研究が進むのと並行して、ある懸念を示す一派が現れた。議論は白熱して解決を見ていない……ハル、あなたはどこまで知っているの?そちらのお二人はこのあたりの知識はないようだけど」

 ベルナデッタはちらりとジョシュアとヘイゼルを見遣った。

「彼らは未来のことは知らないんだ。続けてくれて構わない」

 ハルが言う。

「新たな議論、それは歴史を変えるということへの警鐘よ。それでもしばらくは問題は起きなかった。でもある日、過去への時間旅行によって看過できない事態が起きていたことがわかったの。わたしは依頼を受けて、調査員として時間旅行の歴史への影響を調べて報告しているの」

 ジョシュアは、再び背筋がざわりと毛羽立つような感覚を覚えた。

「そしてね、驚くべきことがわかったのよ。遥か未来から遥か古代へ、人が行っていたの。それも十人や百人じゃない、何万人規模の大移動よ」

「まさか。不可能だ。そんなに大きなワームホールは地上では作れない」

「では宇宙空間ならどう?不可能なんて言い切れるの?人類は十八世紀の産業革命から二百年で核を手にいれ、五十年でコンピュータが世界中を支配したのよ。その後百年でタイムワープが実現した。ロボ・ビビはその進化の申し子よ。さあ問題。技術はどんどん革新され、人口はどんどん増えてゆく。宇宙開発に環境破壊、でもコロニー(植民星)に暮らすにはコストもかかるし危険も伴う。まず地球のサイクルに慣れ親しんだ身体が細胞レベルでついていかない。生きていく場所がいよいよなくなった人類はいったい何処へ新天地を求めるでしょう?」

「それで古代へのタイムワープか……!」

「最後の民族大移動よ。滅びゆく世界からの脱出劇ね。それがもうひとつの世界  カオスワールドを生み出すの」

「いつだ、その分岐点は」

「ざっと三千年くらい先のことよ」

 ジョシュアは気が遠くなった。

 ハルとベルナデッタの会話は、ジョシュアが聞いたこともない言葉で構成され、それこそ異世界のことのようだった。

 気付くと、ラーンスロットは長椅子にごろりと横になっていびきをかいていた。グロリアも食卓に突っ伏して眠っている。話が退屈だったか余程疲れていたのか。

 ヘイゼルはぶつぶつつぶやきながらメモを取っている。

「すごいぞ……これを記事にしたら俺は一躍、予言者になれる……」

「あ、だめよ。そんなこと書いたら歴史が変わってしまうかもしれないじゃない」

「ええ?しかし俺は新聞記者だぞ。書くのが仕事だ」

「新聞じゃなく小説に書けばいい」

 ジョシュアがなだめる。

「創作なら誰もそこまで深くは考えないよ」

「ねえ、ところであなたのタイムマシンはどこにあるの?」

 ハルは少し躊躇したが、結局それをベルナデッタに見せた。

「私のワームホール発生装置は腕時計型だ」

「まあ、本物ははじめて見たわ」

 ベルナデッタはハルの時計をしげしげと見つめる。その姿を見て、ハルは心に浮かんだ疑問をそのまま口にしてしまった。

「……ベルナデッタ、あなたは何年生まれ?」

「女性に歳を訊くの?失礼な紳士ね。……西暦2155年よ」

「私は西暦2080年だ」

「あら、だいぶ年上なのね」

 ベルナデッタはにっこりと笑った。

 腕時計型ワームホール発生装置は西暦2100年代のごく初期にしか開発されていなかった。


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