第三章 中世の呪われた古城と魔女の使い魔<4>

第三章 中世の呪われた古城と魔女の使い魔<4>

 翌朝、早朝に目が覚めたジョシュアが、部屋に備えてあったガウンを羽織ってテラスに出ると、同じくガウンを羽織ったハルがいた。

「おはよう、ハル」

「おはよう」

 城壁の向こうには、金色がかった朝陽に照らされた風景が広がる。なだらかな丘陵が遠くまで続き、その多くは森に覆われているが、ところどころに川が流れ、牧草地や小さな集落が点在している。秋の冷涼な空気が絵画のような景色を縁取っているようだ。

 つい一日前まで、冷たく重い霧と家々の石炭が出すスモッグに覆われたロンドンで血生臭い殺人事件の謎を追っていたなど、信じられないほどのどかな風景だ。

「ずいぶんと遠くまで来たね」

「……付き合わせてすまんな」

「いいよ。そもそも僕は時間旅行というものをしてみたかっただけだから、行き先が変わったところで、大して問題じゃないんだ」

 それがジョシュアの気遣いだと思ったのか、ハルは微笑って曖昧に首を振った。ジョシュアはその朝陽に輝く金髪を眺めて、少し迷ってから言った。

「ハル、君はそのベルナデッタに会いたいんでしょう?」

「……」

「僕はずっと考えていたんだ。どうして君が時間旅行できるのか。それこそ魔法なのか、まだ誰にも発見されていない異国の科学なのか。十三世紀の魔女から伝わった魔術なのか。ベルナデッタとは何者で、君とベルナデッタの共通点はなんだろう。……君が彼女に執着するのは、その見当がついているからなんじゃないかと」

 ハルは答えなかった。視線を落として考えている。何を言うべきか、言葉を選んでいるようでもあった。

「私は……探しているんだ。もしかしてどこかに同じような時間旅行者がいないかと。私と同じ世界から来た」

 ハルは言葉を切った。目を細めて遠い地平を見つめる眼差しが、どこか痛々しい。

「ハル、君はいったい何処から来たんだ?」

 ハルはまた小さく笑った。なにかを諦めたように、……想い出を懐かしむように。

「そのうちわかるさ」

 

 処刑は正午だった。日時計がそれを指し示し、教会の鐘がそれを知らせる。

 処刑場に引き出された囚人は激しく抵抗していた。両腕を二人の男に抱えられ、後ろから首を抑えられている。絞首台の縄を持ったもうひとりの刑吏が、勢いよく蹴り上げる彼女の脚を避けながら縄を首にかけようと右往左往する。

「この女、おとなしくしやがれ!」

「冗談じゃないわよ、誰がおとなしく殺されるもんですか!私は魔女なんかじゃないし、魔術が使えたらとっくに逃げてるわよ、このアホばかスカタンおたんこなす!」

 怒声と共に蹴り上げた爪先が刑吏の急所に鮮やかにヒットした。観衆からどっと笑いが起きる。

 大の男四人がかりで、押さえつけるだけでひと苦労だ。

 使い魔のビビは絞首台の横の地面に顔だけ出して埋められていた。こちらは観衆に石を投げさせて殺す刑だ。

 最初にそれ ・  ・ に気付いたのは観衆の外側にいた一人だ。更に彼は人より頭ひとつ分ほど背が低かったので、伸び上がっても飛び跳ねてみても、人垣でなかなか絞首台が見えず、苦心していた。しばらくぴょんぴょん飛び跳ねていたが、諦めかけて空を仰いだ時だ。

「なんだありゃ?」

 きらり、と太陽を影がかすめた。と見る間に白い鳥が一直線に急降下してきた。

 ばさばさと羽音を響かせて、二羽の真っ白な大鴉が広場に集まった人々の頭上を旋回する。

 呆気にとられた刑吏の手が一瞬緩んだ。その隙に囚人は刑吏の一人に体当たりをして、絞首台から飛び降りる。

 そこへもう一頭、白い天馬が空から駆け下りてきて、馬上の騎士が囚人の腰を抱えて攫う。

「ラーンスロットだ!」

「ラーンスロットだぞ!伝説の騎士が城から出てきた!」

 人々が口々に指さして叫ぶ。

 ラーンスロットはもう一方の手で剣を構える。警備にあたっていた兵士たちが走ってきて斬りかかる。しかしラーンスロットは軽々と兵士たちの剣を斬り飛ばした。

 空中へ駆け上がって手綱を引き、天馬が一旦動きを止める。

「聞け!」

 遠くまで響き渡る朗々とした声に、その場の誰もが目を見張り口をつぐんだ。

「この者は我が城に頂いてゆく!城の呪いが恐ろしくなければ奪い返しに来るが良い!」

 そう言い放つと、再び大鴉と共に空高く舞い上がり、空の彼方へと消えていった。

 天馬は一路、城を目指す。

「ああ言っておけば文句を言ってくるものはおらんだろう」

「助かったわランスロ。ありがとう。……ビビは?」

「あそこだ」

「ベール!」

 大鴉の一羽に、グロリアが乗って手を降っていた。彼女の両腕にはしっかりとビビが抱えられている。グロリアの魔法で地面から掘り出したのだろうか。

「良かった……!」

 ベルナデッタは安堵の息を吐いた。


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