第三章 中世の呪われた古城と魔女の使い魔<3>

第三章 中世の呪われた古城と魔女の使い魔<3>

「さっき話したでしょ?このお城は呪われてるの。時間が止まって、外の世界と関わることができない。ただ眺めるだけ……」

 陽がすっかり落ちて、召使いが壁の高い位置にある小窓の扉を閉めて回っていた。食卓には銀の燭台が置かれ、蝋燭の光が暖かく揺らめく。照明の届かない部屋の隅にはひっそりと闇が降りる。

「呪いをかけたのはね、その昔『黒い魔女』っていう悪い奴がいてさ、ランスロさまに想いを寄せてしまったの。だけど叶わず……当然よね、心に決めた方がいるんだから、魔女ごときになびくわけがないんだよね。しかもどう見ても悪役。なんなら脇役。ほんっと身の程知らずも良いところだわ……それで、逆恨みして復讐してやるって思ったわけよ」

 グロリアはさも腹立たしげに「黒い魔女」の悪口を並べ立てる。まるで本人を知っているかのようだ。

「そこで自分で闘ってやられちゃえばよかったのに、そこはずるい魔女。可憐な娘を刺客に仕立てて差し向けた」

 可憐な、のところでグロリアは切なげな表情で宙の一点を見つめた。口調がなにやら芝居がかってきた。

「ところがその娘は、ランスロさまに仕える騎士のひとりと恋に落ちてしまったの。でも黒い魔女がそんなこと許すわけがないわ。自分の恋が叶わないのに娘の幸福なんて願うような女じゃないのよ。じゃなきゃ『黒い魔女』なんて呼ばれないでしょ。そこで愛し合うふたりはランスロさまを殺して逃げようと誓い合った。目的が達成されれば『黒い魔女』も追ってこないと踏んだのね。そしてとうとうある日、娘は騎士の手引きで暗殺を決行しようとしたの。ランスロさまが薬草入りのワインを召し上がって寝床に入ったのを見計らって、娘は寝室に忍び込んで剣でぐさり!」

 そこでグロリアは手にしていた食事用のナイフを皿の上の肉に突き刺す。迫真の演技だ。

「……やがて血のしみが広がって、シーツが真っ赤に染まったわ。でもシーツをめくってみたら、そこには愛を誓った騎士が事切れていたの。娘は驚きと悲しみに狂ってランスロさまを探し回ったけれど、不思議なことにどこにも見つからず、やがて夜が明けて娘は捕らえられてしまったんだ。娘は必死で逃れて窓から身を投げたけれど、黒い魔女の血が流れていたので、全身の骨が折れても死ぬことができなかった。そこで兵士たちは予定通り、血まみれの娘の首を切り落としたわ。それでも心臓は止まらなかった。娘の身体は血の臭いに寄ってきた鳥や獣が喰い荒らし、やがて心臓もなくなり、すっかり白い骨だけになった。それでようやく地下室の奥の奥の墓地に埋められた。娘は長い長い時間をかけて死んでいく間、呪い続けていた。この城を、城の兵士たちを、陥れたランスロさまを、恋に落ちた騎士を、自分を産んだ母親を、世界のすべてを、呪った。……それ以来、このお城は時が止まってしまったんだ」

 少女の語る壮絶な物語に、皆、静まり返っていた。

「でもね、娘の呪いはもちろん『黒い魔女』の計算通りだった」

「まだ続くのか」

 ヘイゼルが小声で言った。グロリアは意に介する様子もなく続ける。

「ふたりは偶然恋に落ちたようで、実はすべて仕組まれていたの。ふたりが逃げようとすることも、暗殺に失敗することも、すべて見越して、娘が城ごとランスロさまに呪いをかけるように仕向けたのよ。ひと思いに殺すよりもじわじわと苦しませる方が良いと思ったんだろうね。この城に閉じ込められて、世の中から切り離され、生きる意味も見出だせず……いずれみずから生に飽いて、死にたくても死ねず、発狂していく様を想像するだけで、『黒い魔女』は歓びと達成感でいっぱいになったわ。でもそんな彼女を娘は許さなかったの。娘は刎ねられた首だけになって、夜ごと城の中を彷徨った。そして兵士の一人に取り憑いて、言いなりの下僕にしてしまうの。哀れな兵士は娘の首を片手に『黒い魔女』のところまで行かされた。『黒い魔女』は、復讐を成し遂げて油断していたのね……どす黒い色のワインを飲んでいい気分で眠っていたわ。そこを兵士に乗り移った娘がめった刺しにした。兵士はもう意思がなかったから、『黒い魔女』が必死で暴れて兵士に毒矢を吹きかけたり、使い魔のカラスに目ん玉を突かれたり、お尻の穴から入った蛇が内蔵を食い破ってみぞおちのあたりから出てきたりしても、平気で刺し続けたわ。そうしてようやく『黒い魔女』は死んだの。死んだ魔女の最期の力を吸い取って、娘は魔力と体を取り戻したというわけ。……体はちょっと小さくなっちゃったけどね」

「まさかそれが君?グロリアちゃん」

 ジョシュアは、信じられない、といった様子で聞いた。グロリアの話は遠い昔のお伽噺のようで、しかし現にグロリアの魔法を見ていると現実として辻褄が合うように思えてくる。

「そう。でもね、呪いをかけたはいいんだけど、呪いを解く方法はわからなかったんだ。そこに魔女さん  ベルナデッタがやってきた。ベルナデッタはこの城を見つけて、この城の秘密を知った。彼女は時間旅行できたから、あたしは呪いがいつ解けるのか尋ねた。そしたら彼女の使い魔が、呪いは666年後に解けると言ったの。そしたらランスロさまが時間旅行に興味を持っちゃって、ぜひとも未来を見てみたいって言い出したから、未来見物に行くことになったのよ」

「魔女とか呪いとか、暗い話の割に最後が未来見物とは、お気楽だねえ」

 ジョシュアが言うと、ハルが混ぜ返した。

「どっかの誰かさんも似たようなものだろう」

「こんな退屈な毎日、旅でもしないとやってられん」

 ラーンスロットが言った。長い話の間にかなり飲んだらしい。酔って隣のハルにちょっかいを出してはあしらわれている。

「あんたは自分を殺そうとした娘を生かしておいて平気なのか?」

 ハルは髪に触れてくるラーンスロットの手を払い除けて言った。

「命を狙ってくる者が一人くらいいないと張り合いがないだろう。それにこいつに俺を殺すことはできんよ。呪いをかけた張本人なんだからな」

 命を狙われるのが張り合い、という発想がいかにも武人的だ、とジョシュアは苦笑した。戦場に身を置いたことがないとちょっと理解できないだろう。ジョシュアは兵士として戦場に行ったことはないが、商売であちこち旅をしていると、ある種の危険を冒すことが生の実感を湧かせる感覚は理解できる。

 一方ハルは、全く理解できない、といった風情で両手を軽く広げた。

 食事はあらかた終わっていたので、一旦各々自室に戻り、翌朝まで休むことになった。


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