第三章 中世の呪われた古城と魔女の使い魔<2>

第三章 中世の呪われた古城と魔女の使い魔<2>

 空がしらじらと明けてくる。

 南イングランドの森を見下ろしながら西へ飛ぶ、天馬一頭と大鴉二羽。それらに乗った五人は、疲労の極致にいた。

「見えてきたぞ」

 比較的元気なラーンスロットが沈黙を破った。

「さすが百戦錬磨の武人は体力が違うな」

 ハルがぼそっと呟いた。

 なかば眠気に身を委ねかけていたジョシュアがぼんやりと前方を眺めると、豊かに繁る森の中に石造りの城がそびえている。まるで緑の海に浮かぶ要塞島のようだ。

 十三世紀に時間旅行した一行は、とりあえずラーンスロットの居城に向かうことにした。ロンドンから二時間ほど西へ飛んでいる。

「ラーンスロット卿!」

 早朝、城へ帰ったラーンスロットを多くの家臣が迎える。ジョシュアたちは客人扱いで、それぞれ一部屋ずつあてがわれた。長い夜だったな、と振り返る間もなく、ジョシュアはベッドに倒れ込むと眠りに落ちていた。

 眠りから覚めると日が傾きかけていた。

「ラーンスロット卿は?」

「まもなくいらっしゃいます。こちらへどうぞ」

 召使いにいざなわれて広間につくと、既にグロリアとハルが席についていた。大きな長テーブルに食事の準備がしてある。

「やあ、おはようジョシュア」

「おはよう。……だいぶぐっすり眠ってしまったようだ」

 ジョシュアはきまり悪そうに笑って、ハルの隣に座った。

「いや、私も今きたところさ」

 食卓には紅いテーブルクロスが掛けられ、銀の皿には切り分けた肉が盛り付けてある。同じく銀のゴブレットには赤ワインが注がれている。

 ヘイゼルも起きてくる。

「やあ皆さんおそろいで」

「……ところで俺だけ良くわかっていないようだが、いったい昨日なにが起きたんですかね?昨夜の話だと今は十三世紀にいるらしいが、だとしたらラーンスロット卿がいるのは何故だ?アーサー王伝説はノルマン・コンクェスト(一〇六六年)の数世紀前じゃないか。だいぶ時代が違う」

 ジョシュアとハルは顔を見合わせる。

「確かに……」

「どうしてだ?魔法使いのグロリアちゃん」

「……呪いのせいよ」

 グロリアは顔を曇らせた。

「このお城には呪いがかけられているの。ここでは時間が止まって、永遠に逃れられない。外の世界からもここを見つけることはできないのよ。あたしや、魔女のように魔術を使える人間以外には」

「呪いとは、また非科学的な……」

 一笑に付すにはあまりに真面目に説明され、ヘイゼルは困惑する。

「今更それを言うか。既に科学では説明のつかないことが現に目の前で起きているだろう」

「科学とはそれを証明する物理法則が異なれば自ずと立ち現れる現象も異なる」

 突如、広間に朗々とした声が響いた。

「……ラーンスロット卿か?」

「いかにも」

 伸び放題だった髪は整えられ、髭はきれいに剃りあげられ切り揃えられて、きりりとした眉や情熱的な光を宿した目元があらわになっている。形の良い唇からこぼれる古風な言葉が、麗しい響きを伴って耳朶を震わせる。

 いかめしい甲冑を脱いで、たっぷりした袖のついた丈の長い優雅なチュニックをまとった姿は、時代遅れの蛮人などではなく見目麗しい騎士そのものだった。

「……見違えたな」

 ハルが小声で呟く。ジョシュアは同じ感想を抱いたのが自分だけではなかったことに軽く安堵した。

「グロリアーナ、私は君たちを時間旅行させた魔女に会ってみたい。君の話だと先にこの時代に戻っているはずだと?」

「ええ、たぶんね」

「そのことだがグロリアーナ、留守にしている間に魔女裁判が行われたという報告があったぞ」

 ラーンスロットはハルの隣の席に座って、思い出したように言った。                                              

「どういうこと?囚われた魔女は本当に彼女なの?」

「起訴された経緯はわからんが、名はベルナデッタとなっている。……おそらく彼女だ。昨日有罪判決が出ていて、処刑は明日」

「そんなばかな……一体なぜ?」

「知らん。審判は教会の仕事だからな」

 ラーンスロットは頭を左右に振って、皿の上の肉を口に運び、ワインで流し込む。

 中世に於いて、司法は必ずしも公正公平なものではなく、多分に主観や偏見、世論の動きに左右されるものであった。裁判は「神の審判」を代弁する司祭が執り行い、判決は神の意向そのものとされた。殊に魔女裁判に於いてはその無罪の立証は難しく、「神判」と称した拷問によってほとんどが有罪となった。

 「魔女」は元々、村で病人に薬を調合したり出産を介助したり、時には秘密裏に堕胎を行ったりしていた。病人が死んだり、赤ん坊が死産だったりすると、逆恨みから告発されることもあった。また権力者の家の者の堕胎の事実が外部に漏れそうになったりすると、しばしばその秘密を知る「魔女」が告発されて抹殺されることもあった。判決の権限を握る司祭を買収するには幾許かの金銭がありさえすれば良かった。不幸中の幸いにして裁判で無罪となったとしても、一度「魔女」と囁かれた者に治療や施術を依頼する者はなく、その共同体で生きていく術を失ったも同然であった。

「とにかく助けなくちゃ」

「牢の中は手が出せない。処刑の時を狙って助け出すしかないな」

「魔女なら魔法で逃げられるんじゃないのか?」

 もぐもぐと肉を食べながらヘイゼルが言った。

「そうか、時間旅行すれば逃げ出せる?」

 ジョシュアの問いにハルが答える。

「どうだかな。過去へ行けば再び捕まる危険があるし、未来へ行ったとしても牢から出発すれば行き先も牢だ」

「なんだ。魔法も、そう都合良くはいかないもんだな」

「ヘイゼル、時間旅行は魔法ではない」

「じゃ何が違う?素人目には大して変わらないようにみえるんですがね」

「私は魔法は使えないから魔法については説明できん」

「二人ともおやめなさいな」

 ジョシュアはため息をついて言った。

「そういう意味では、ベルも魔法は使えないわ。時間旅行できるのと、不思議な道具をたくさん持っていることくらい。時間旅行も、捕まっちゃったらたぶんできないと思う。だって時間旅行するには『使い魔』が要るもの。魔女と使い魔を一緒に牢に入れるなんて、どんなにばかな看守でもするはずないもの」

「使い魔?なんだそれは」

「あなたの、その腕に巻いた時計みたいなものよ。『それ』で時間旅行するの。銀色で丸っこくて、彼女は『ビビ』って呼んでた。あたしたちはビビに乗って時間旅行したのよ」

「逃げられても死なれても困る。わざわざこんな所まで来たのに」

 ハルが言う。

「ねぇ、魔法使いのグロリアちゃん、きみは何故、未来へ旅してきたの?」

 ジョシュアがワインを揺らしながら尋ねた。ゴブレットになみなみと注がれていた赤ワインを半分ほど飲んだら、身体が温まってきた。ワインは甘く、旨かった。ラーンスロットは〈ライオンとウサギ亭〉でビールをうまいうまいと飲んでいたが、この城のワインもなかなかどうして逸品ではないか。じっくりローストされた肉も柔らかくてうまい。

 グロリアは、ひと息ついて長い話を語りだした。


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