第二章 伝説の英雄と魔法使いの娘<5>

第二章 伝説の英雄と魔法使いの娘<5>

 それに一番先に気付いたのはジョシュアだった。夜空の向こうから白い影がふたつ真っ直ぐに近付いてくる。

「鳥だ、白い」

「何?」

「カラスだわ!」

 ばさばさと風を起こして飛んできたのは、二羽の白い大鴉だった。

「……ロッド、リリー?」

「あのカラスか!ずいぶんでかくなったもんだな」

 ハルが感嘆するのもそのはず、両翼を広げると天馬よりも大きいほどだ。しかしその白い羽も嘴も紅い瞳も、シャーロットの愛するロッドとリリーそのままだった。

「知り合い?」

「ああ、妹のカラスだ。こっちに来ていたのか」

「ちょうどいいわ、あんたたちそっちに移ってよ」

 ジョシュアとハルは顔を見合わせた。移れと言われても二人は天馬にしがみついているので精一杯だ。

「そんな曲芸できるか」

「仕方ないわねえ」

 グロリアはため息混じりに言うと、いきなりハルの胸を人差し指でトンと突いた。ハルはそのままリリーの背に突き飛ばされた。

 また剣の噛み合う音がして、天馬が大きく傾く。

「何をした?」

「だって一人じゃ移れないんでしょ。だから飛ばしたげたの。さ、あんたも早く」

 天馬の揺れが治まるのを見計らって、グロリアはジョシュアのことも指一本で突き飛ばした。

 ジョシュアがロッドにしがみつくと、ロッドとリリーは高く舞い上がった。翼の大きさのせいか鳥の本能のなせるわざか、犬や馬には追いつけない速さで上昇気流を捕まえる。

 二羽は遙か上空を旋回して、下の攻防を見物する。身軽になった天馬は攻勢に転じた。

 敵は二頭でラーンスロットを挟撃しようとしている。ラーンスロットは手負いの方の敵をまず叩いた。一頭の鼻を切り落とし、黒マントが乗った三つ頭の方へ取って返す。ラーンスロットの太刀が速すぎて黒マントは防戦一方のようだ。その斬り合いの合間に、犬の首筋めがけて剣を振り下ろす。

 三つ頭のひとつが飛び、犬は咆哮を上げて大きく悶えた。バランスを崩したところを狙ってラーンスロットの一撃が黒マントに浴びせられる。

 手応えがあった。上空の大鴉からもそれは見て取れた。マントがフードごと大きく裂け、刺客は恐らく肩口に負った傷口を押さえている。

「ランスロさま!」

「うるさい」

 勢いでとどめを刺そうとするラーンスロットを、グロリアが制止する。

「ランスロさま、退くよ!」

「うるさい!」

 ラーンスロットは興奮で肩を大きく上下させていた。

「もう、だめだったら」

 グロリアがラーンスロットの目の前でパチン、と指を鳴らす。その途端、ラーンスロットはいきなり脱力する。

「っぐう……」

 グロリアは眠ってしまったラーンスロットに代わって手綱を取り、ロッドとリリーを先導してその場を離れた。

 ロッドの背中の乗り心地は悪くなかった。狭い天馬の背に四人で乗るのはやはり無理があったな、とジョシュアは思った。

 ジョシュアは先程グロリアに突かれた胸の中央を撫でた。そんなに強い力ではなかったのに、どうやって自分は中を飛ばされたのか。

「グロリアーナ、さっき突き飛ばされたことといい、いったい何の手品だ。まるで魔法にかかったようだ」

「あら、魔法をかけたのよ。あたし魔法使いだもん」

 小娘が何をばかなことを、と切って捨てるには、眼前の現実こそが突飛すぎて、むしろ納得してしまった。

 ふと横を見ると、リリーの背でこれまたくつろいでいるハルがいた。ポケットから砂時計を出して眺めている。

「グロリアーナ」

 ハルが言う。

「君が魔法使いなら、ひとつ頼みがあるんだが」

「六百年前に連れて行ってくれるなら、聞いてあげてもいいわ」

「ああ、だがこちらにも事情ができた」

「あの食べられちゃった人?」

「そうだ。死体が見つかって騒ぎになる前に、彼を蘇らせたい」

「どうやって?いくらあたしが魔法使いだからって、死人を甦らせるなんてできないわよ」

「そうか。残念だ。ならやはりもう一度過去へ行ってくるしかないな」

「どういうこと?」

「三時間前の、生きているヘイゼルを連れてくる」

「ちょっと待って、ハル」

 ジョシュアが口を挟む。

「元々僕の家の前で死んでいたのはヘイゼルではない」

「知っている。うちに来たのが幽霊でなければな」

「でもこちらの世界ではヘイゼルが死んだことになるのか」

「そうだ。このままにして帰ると向こうの世界でヘイゼルが消えてしまう。さっき言っただろう」

「でももしヘイゼルを助けられたら、誰も死なないことになる?」

「……」

 ハルは答えに窮した。

「元々向こうで死んでいたのは誰なんだ?彼は今、どこにいる?」

 ジョシュアは自問するように言った。誰も答えられなかった。 

「……それにヘイゼルをどうやって連れてくるんだ?三時間前に行って、またあいつと闘うのか?」

「それは御免こうむりたいわ。ランスロさまを寸止めするの大変なんだから。いいじゃない、時間旅行で行って、また時間旅行で連れて帰って来れば。待ってるわよ?」

「いや、それはできない」

 ハルが即答した。

「それをやってしまうと、生きたヘイゼルとヘイゼルの死体が同時に存在してしまう」

「あっ……そっか……」

「手としては、三時間前のヘイゼルを拾って、そのまま六百年前に逃げる。するとヘイゼルは死なずにすむ。ラーンスロット卿への恩返しもできて、そこから砂時計を頼りに一九世紀へ戻れば良い」

「なにそれ!あたしたちを利用するっていうの?」

「何を今更。先に我々を利用しようとしたのはそっちだろう」

 ハルはぴしゃりと返した。

「……うーん、ん?はっ!」

 その時、大きく伸びをして、ラーンスロットが目覚めた。

「おいリトル・グロリア、あいつは?逃したのか?」

「だってランスロさま、あのままじゃ殺しちゃっていたでしょ」

「ぐむむ……」

 ラーンスロットは鼻息を荒くする。

「ラーンスロット卿、助けていただいてありがとう。ときに、あれは何者なんでしょうね?」

 ラーンスロットの怒りがおさまっていないようだったので、ジョシュアは話の矛先を変えた。

「噂に聞いたことがある。時を旅するものを取り締まる暗殺集団がいると。彼らの名はケルベロス。多頭をもつ犬を配下に従え、時の神の領地を侵犯する者として、時間旅行者を抹殺しようとするのだという」

「それは、まさにさっきの……」

「なあんだ、ランスロさま知ってたの?」

「だから殺しちまってもいいと思ったんだ。向こうは本気でこっちを殺しに来てるんだからな。しかも『時の守り人』なんて自称しているくせに、目的のためには手段を選ばん。旅行者を消すためならどんな犠牲や矛盾が出てもいいという乱暴ぶりだ。闘った敵だからというわけではないが、俺は気に食わんね」


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