第二章 伝説の英雄と魔法使いの娘<4>

第二章 伝説の英雄と魔法使いの娘<4>

「逃げろ」

 ハルが言う。

 わかっている。しかしどうやって?少しでも動いたら飛びかかってきそうだ。

 ハルも同様だろう。じっと動かない。

「ジェントルマーン」

 子どものような声が天から降ってきた。まさに救いの天使か、とジョシュアは思った。

 ビスクドールの天使は犬の化け物とジョシュアの間に飛び降りてきた。一歩遅れて天馬がハルの前に舞い降りる。暗い小路に白馬が眩しい。白馬から降り立ったのは壮麗な騎士ラーンスロットだ。

 グロリアは化け物からかばうように、ジョシュアを背にして構える。

「ほうら、言ったでしょ。夜道には気をつけてって」

「聞いてない。なんだあれは」

「双頭の犬オルトロスね。妖獣だよ。近くに妖獣使いがいるわ」

 敵が二手に分かれたので、化け物はどちらを攻めるべきか迷っているようだ。

 グロリアが先攻した。前に突き出して組んだ両手から閃光を放つ。オルトロスはこの世のものとは思えないおぞましい鳴き声を上げた。光と熱に怯んだのか、先程まで光っていた眼を閉じてしまっている。そこへすかさずラーンスロットがオルトロスの脚を剣でなぎ払い、更に背に剣を振り下ろす。

 オルトロスはすんでのところでかわして飛び退った。

 その隙にグロリアはジョシュアの手を引いて天馬に乗る。ハルとラーンスロットも乗り、天馬は重そうに飛び立った。天馬の鎧には機械式の翼がついていて、本来の翼を補っている。

「ヘイゼル……」

「無理よ。彼を乗せたら飛べないわ。それにもう」

「死んでいた」

 グロリアの後をついでラーンスロットが言った。

「参ったな……」

 ハルが呟いた。

「向こうへ帰れなくなってしまった」

「どういうことだ」

「ヘイゼルの死をそのままに帰ったら、あちらの世界にもヘイゼルが存在しないことになってしまう」

「ハル、もしかして……」

「ああ、もう一度時間旅行しないと。そしてヘイゼルを生きたまま向こうの世界へ連れ帰らなければ」

「はい、お二人さんちょっと待ってー」

 グロリアが口を挟んできた。 

「そこで提案なんだけど、あたしたちを過去へ連れて行ってくれないかなぁ?あたしたち666年前から来たんだけど、あたしたちを連れてきた魔女さんとはぐれちゃって、戻れなくなっちゃったのよね」

「冗談じゃない、六百年も寄り道しろと?」

 ハルが言う。

「命を助けてあげたでしょ。嫌なら落とすわよ」

 ジョシュアは一瞬でも彼女を天使だと思ったことを撤回したいと思った。だいぶ跳ねっ返りのようだ。

 天馬はロンドンの夜空を飛んでいく。ガス灯に照らし出されたロンドンの街を遙か上空から見下ろすのは、なかなか幻想的な体験だった。

「君は魔女に連れられて未来へ来たの?」

 ジョシュアは尋ねた。

「そうだよ。三人で戻るつもりが、ランスロさまが酔っ払って道を間違えちゃったの。それではぐれちゃって、帰るって決まってた時間に間に合わなくて。着いたときにはもう『ワームホール』が消えかけてたの」

 時代が違うせいか、グロリアの英語は訛りがある。それでも子どもっぽい舌足らずな喋り方が、ついこちらの警戒心を解いてくる。

「ワームホール?」

「時間旅行するための時空の穴のことだ」

 ハルが答える。

「魔女さんもいないし、あたしたちだけ取り残されちゃったのよ。だから時間旅行できる人を探していたの。でもここ、魔女はあまりいないみたいなんだよね。ね、お願い、あたしたちを連れてって!」

「そんな乱暴な話があるか。なんで初対面でそんなタダ働きをしなけりゃならない?」

「じゃ今すぐ降りる?あいつ、また襲ってくるわよ。ほら」

 ジョシュアとハルが後ろを振り返ると、黒い影がふたつ追ってきていた。

「しつこいな」

 ラーンスロットが手綱を引くと天馬はぐるんと右に旋回した。ジョシュアとハルは、振り落とされまいと必死でしがみつく。そのままぐんと高度を上げ、追手の背後につけた。

「おいグロリアーナ、あいつを殺してもよいか」

「ダメに決まってんでしょ!時間旅行中に殺しちゃ。ほんとに戻れなくなっちゃうわよ」

「しかしなかなか強かったぞ。逃げ回っているだけではやられてしまう」

 その間に追手もこちらに向き直り、天馬一頭と妖獣二頭が空中で対峙する。相手は先程の手負いのオルトロスと、もうひと回り大きな三つ頭の犬の化け物だ。三つ頭の方に、黒いマントをまとった人間が騎乗している。マントのフードを深くかぶっているため顔は全く見えない。

「其方は何者だ!何故我々を狙うのか、答えよ!」

「俺は暗殺者だ。命をもらう理由など教えてやる義理はない」

「理由もわからず、殺してもならずでは、こちらは手出しができぬではないか。正々堂々と闘うのが騎士道であろう!」

「ランスロさま、殺し屋に騎士道説いてもたぶん通じない」

 グロリアが小声で言うのでジョシュアは不謹慎にも吹き出しそうになった。

「逃げ切れないの?」

 ジョシュアが訊くとグロリアは首を振った。

「無理ね。四人も乗っていたらスピードも出ないし、第一どこに逃げるっていうのよ」

 そこまで言ってグロリアははっと何かに気付いた。敵が飛びかかってくる。天馬は高く跳ねて全力疾走で敵に向かっていく。

「そうだ!だから過去に逃げましょうよ!ハルあんた時間旅行者でしょ?行けるんでしょ?早く!」

「無茶な」

 振り落とされないようしがみつきながら二人が叫ぶ。ガシンと金属の触れ合う音がして天馬が大きく揺れる。ラーンスロットが闘っているのだ。


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