スター・レッド(二次創作)2

スター・レッド(二次創作)2

 合成芝研究家、徳永周博士が研究書類に目を通していると、一人娘の星が帰ってきた。放任しているせいもあってか、このごろは夜の帰りが遅い日も多い。親としては内心心配だが、言って聞かせて聞くような娘でもない。所詮子どもなどいつかは親の手を離れて遠くへ行ってしまうのだ。僅かの間徒に縛り付けることに何の意味があろうか。

「星か。おかえり」

「パパ」

「どうした」

「コンタクトをこわしちゃったの」

 星はそう言って左目を指した。なるほど、黒い右目に対して左目は燃えるような赤だ。

「ケガは?」

「ううん。コンタクトはキズをうけたとたん、溶解して涙といっしょに流れてしまったわ」

「だれかに目を見られなかったか?」

「だれも見てないわ。ケンカの最中よ。気に留めないわ」

 徳永博士はケースを開け、ずらりと並んだコンタクトを手早くチェックする。

「人口コンタクトは古くなると瞳孔の光反射がにぶくなるからな……こいつがいい。おいで。ついでに右目のコンタクトも付け替えよう」

 徳永博士は星に目薬を渡す。目薬をさすと、右目のコンタクトも溶けて流れた。

 鏡には真っ赤な瞳がふたつ、星を見返している。

「……パパはしからないのね。無茶をするなとかさ」

「言わんよ。さ、コンタクトが入った」

 徳永博士の声はどこまでも静かだ。

「おまえももう十五だからな。自分で判断して十分な歳だろう……ただ  

 博士はひとつ深く息をついて続ける。

「……命は大切にしなけりゃな……星。とくにわたしよりさきには死んでほしくない。なにせ、親よりさきに死ぬほど親不孝なことはないからな……」

 その眼は星を通り越して、まるでその別れのときが見えるかのように深い光を宿した。

「育ての親でもな……」

「パパ・シュウ」

「ほんとうはおまえはわしの所なぞにいないほうがいいのかもしれん……星」

 その迷いはいつも心にあった。ありながら、それでも手放せなかった。

「実の親でも、こんなみごとなコンタクトは作れないわ。わたしは楽しんでるわよ  パパ・シュウ」

 星はそんな父の憂いを吹っ切るように、笑って言った。

「心配なんかご無用よ。おやすみ、パパ!」

 そう言って部屋を出ていく星を見送って、無用か  と、徳永博士は溜息をついた。

(お前の心は地球にはない……星)

 幼い頃から星の瞳は空を見ていた。あの星だけを見つめていた。

(おまえはいつか旅立つだろう  遠いふるさとへ)

 父にも、育った家にも、地球にも、思いを残さず行くのだろう。前だけを見つめて。

(それがわたしにはわかる……)

 いつか訪れる別れを感じながら、それをさびしく思うのは老いたからか。親心か。

 実際徳永博士は星をよく理解していた。星の心は確かに地球にはなかった。

(わたしの目は赤い)

 真っ暗な寝室で、星の目が光を捉える。

(わたしの髪は白い)

 暗い場所でも星の赤い瞳は部屋の隅々までよく見えた。

(わたしはこれを隠し続ける。この地球では……)

 窓の外に、広がる星空。

(でも、いつか……!)

 星の目は星々の間を走る。

(いつか!わたしは、わたしがわたしでいられる国へ行ってやる。かならず!)

 赤い星。特別な星。

(そこではわたしは黒いコンタクトをもうはめない。まゆも髪もまつげも黒く染めない。あの星では……だれにもわたしのじゃまをさせない)

 燃え上がるような。

(火星……!わたしの赤い星……!)

 

 砂漠の中を旅の列がゆく。これは夢か。それとも遠い記憶か。

「よくついて来るな、あの子どもは」

「たくましいこった」

 小走りで必死に隊列について歩く子どもがいる。三つかそこらか。

「うちの娘ですよ。星・ペンタ・トゥパール」

「ペンタ……第五……五世代目の火星人か!」

 長老が星を抱き上げる。

「いい火星人に育てよ!星!地球のヤツらがなんと言おうと、火星は火星で生まれた火星人のものだぞ!」

 星は夢を見る。はるかな砂漠。懐かしい母。いつか帰ろう。

(わたしの生まれた星

 赤い風の吹く星

 遠いキャラバン……)

 

「源!」

「おっ……と。エルグか」

 駐車場で車に乗り込む所を見つかって、源はそわそわとした。

「めかしこんで、デートか?」

「う……それがさ……そう、上区のレッドの女ボス……あれ、昼間なにをしてると思う?」

「さあ?」

「ジョガッコー行ってるんだとよう!女学校!」

 下区のボスの貫禄はどこへやら、源の鼻の下は伸び切っていた。

「それも二百年ほど前に流行ったネオ・ロマン風の学校だと!見ものじゃないかよ、なあ!」

「源、あのボスやめときな」

 エルグは眉一つ動かさずに言った。

「なに……」

「やめといたほうがいいぜ、あの娘は」

 聖フェミニン女学校は上区の高級住宅地にあり、良家の子女が多く通う名門校だ。

「星!人相の良いのと悪いのがあなたを呼び出してるわよ」

「なんですって?」

「ほら見て。校門のところにいるわ」

 なるほど、フリルのたくさんついたワンピースが制服のお嬢様学校にはおよそ場違いな男二人組が立っていた。その人相の悪い方  源が星をみとめて笑いかけてくる。

「イヨッ!星!」

「ここじゃまずいわ。顔かして」

 あきれた男だ。昼間、それも学校に訪ねてくるなんて。サークルのことなら夜のネオンが灯ってからだ。非常識な。……と、星はひとしきり心の中で毒づく。そんな星の心中はお構いなしに、源はなにやら上機嫌だ。

「スカートもなかなかイカすじゃん♪」

 学校の裏門を出て、緑地帯を抜ける。このあたりまでくれば学校からは見えないだろう。

「なかなかいい考えだと思わねぇかい?星。オレたち協定むすんでさ。うまくやろうぜ。二人で真夜中の高速ぶっとばしてさ!」

「ふうん……」

 妙な男だ。昨日ケンカしたばかりだと言うのに。しきりに首をふり、息をはき、どうにも落ち着かない様子だ。なにか言いたいことでもあるのだろうか。

(なあに?頭の中のぞいてみよ)

   オレたちは似合いのカップルになるぜ!

 あまりに軽薄な内容で、星は思わず脱力してベンチに座り込んでしまった。

「疲れたのかい?あ、おじさんアイス二つ!」

 完全に自分に都合よく誤解して、アイスクリーム屋のワゴンにうきうきと買いに行く源は子どものようだ。一方  連れの男  エルグは、さっきから何もしゃべらない。二人の背後からずっと着いてくるが、星が彼の方を見ると、ふいっと視線を逸らすのだ。しかし。

(なに、あれ。見ないようにしてこっちを見てるわ)

 エルグにはそしらぬふりで、差し出されたアイスを食べる。だが星の意識は後ろのエルグに集中していた。

(おあいにく。わたし後ろにも目があるのよ。なにを考えてるのかしら、彼?)

   彼女は赤い目をしてる。

  !」

 星はぎくりとする。

「ためしに一週間つきあってみなよ。オレァたよりになるぜ!なあ」

 源の声に重なって、エルグの思考が流れ込む。

   白い髪を黒く……染めてる。

「なっ、星!」

「えっ……ええ」

 赤い目。

 赤い……。

「どうだい!聞いたか!つきあうってさ!エルグ!」

 源の浮かれた声が、膜を張ったように遠くから聞こえた。星は動揺し、混乱していた。

「そう、そいつはよかったね」

 星の動揺など素知らぬふりで、エルグは涼しい顔で言った。

(この、月世界人……!いつのまにわたしの目や髪のこと……!)

 絶対知られてはいけない星の秘密を。目だけならともかく、髪のことまで。何故。

「……源、家まで送ってくれる?」

 もう学校に戻る気分ではなかった。

「いいとも。車で来たんだ。おさき!エルグ」

「バイ」

 二人を見送るエルグは、意味ありげな笑みを星に向けていた。

 星の家までは車で五〜六分だ。

「ねぇ、源。どうしてあんたたち、月世界人なんか仲間にしてるの」

「エルグのことかい?去年からオレと同じアパートに入居してさ……で、なんとなくつきあってんのさ」

「じゃ、やはり月から来たの?」

「知らんなぁ……でもたぶんそうだろう……反重力ベルトをつけてるから。ほら、月ってのは重力がないからさ」

「地球ほどにはね」

「そ。だから月育ちってのは地球に来ると重力負けしてさ。くたばってケンカもできねえのさ」

「エルグも?」

 昨日の立ち回りを見る限り、エルグはかなり身軽だった。

「ヤツぁオレたちがしこんだのさ」

 この男には警戒心がない。心を読むまでもなく、源が言っていることは本当だろう。

「どこのアパート?」

「は?」

「あんたのアパートよ。そのうち遊びに行くわ」

「ぜひ来なよ!下区西三三二・一八、大内アパートさ」

「今夜は走らないの?」

「走るさ!中央駅のチェンジ・ポイントに零時集合!」

「いいわ。じゃね」

 源の車が走り去る。

 星は自室にこもって考えた。  確かめなければ。エルグが星の目や髪のことを知った上で、どうするつもりか……星が火星人だと気付いたのかどうか。

 もちろん火星人のことは地球にはそんなに知られていない。火星人の目が赤いことも、多くの地球人は知らないほどだ。

 だが、知っている者もいることはいる。それは火星に行ったことのある者だ。地球や月の学者、航宙士、汽車、軍人……それから情報部員(スパイ)。

(……そんなものに、ひっかかったらおわりだ)

 ぞくりとする。

(火星は火星人のものだ)

 昔むかし地球から火星に移住した人びとが二百年もかかって独自できりひらいた土地だ。

(そらごらん……

 くるくると天中をフォボスの月がよぎっていくじゃないの

 西から東へと

 なにかをさがしてるように

 小さい月のディモスはどこかしら)

 今、火星は地球の政府に植民地支配されている。地球人に支配されるのを嫌った火星人たちは闘い  戦死者の中には星の両親もいたはずだ。火星人は反乱軍と呼ばれ、いまだゲリラ戦を続けているという。軍神マルスは地球の神話だが、よく名付けたものだ、と星は思う。

 ……火星(マース)。

 火の星……。

 闘いの星……。

 わざわいの星  と。

 

 零時。良い時間だ。源と約束した中央駅には行かず、徒歩で地下鉄に乗る。連中は今頃地上のはずだ。

 とにかくエルグの正体を知らなければ。ただの月世界人か否か。

(最終的に一番いいのはわたしの目や髪の記憶を消してしまうことだわ)

 超能力を持たない地球人相手なら、暗示をかけるくらいわけはない。

 目的の場所付近まで来ると、地上へ出る階段のひとつにご丁寧に「大内アパート」と表示がある。真上が源のアパートだ。

(どう……?見てごらん……わたしの目にはすべてが見えるはずだもの)

 星は透視を開始する。星の目に、壁がガラスのように透けてゆく。

(彼はどこ?)

 そびえ立つガラスの都市。星の前も後ろも、頭上も足元も。

(エルグはどこ?)

 階段をゆっくりと上りながら、星は探る

(OK!いないわ!少なくともアパートとその周辺にはいない)

 それだけわかれば十分だ。星は足早に階段を上がる。このすきに確かめなければ。エルグの正体を。

 アパートのエントランスに出て、ポストをチェックする。エルグの部屋は最上階。エレベーターに乗り、部屋番号をたどる……までもなく、星のカンが呼ぶ。奥の部屋だ。

 星にとってはアパートの鍵を開けることなど造作もない。

(そら、開け!開きなさい)

 透視と念力であっという間に侵入成功する。

 室内はいたって普通だ。リビング中央にクッションとローテーブル、壁の一面は本棚になっている。奥にはキッチンのドア  

(あんなキッチンは見たことがないわ……)

 ドアを開けると、ごく普通のキッチンが現れる。そんなはずはない。透視したときに確かにおかしな計器が見えたのだ。星はキッチンの扉を次々と開けていく。

 中には、鍋も食器もなかった。代わりに見たこともない機械が入っている。まるで分解したロケットを押し込んだような。更に、見たこともない文字の書かれたパネル……カード類……。

「ひょっとしたら……ほかの惑星から来たスパイ……でなけりゃこんなへんなもの……」

 こんなものは地球上では見たことがない。

「アルファ・ケンタウリかプロキシマか……それとも」

「心外だな。スパイがなんでボーヤたちと暴走族やってるんだい」

 背後から突然声がして振り向くと、この部屋の主が立っていた。

「エルグ!」

「来ると思ってたよ、星」

 どうして帰ってきたのに気付かなかったのか。星は焦った。

「星  なぜなら、きみの正体をぼくは知ってるからね」

 エルグは例の笑みを浮かべたままだ。まんまと罠にかかったというのか。

「来ると思ってた……」

「正体?正体ですって?」

 どうする。どうやってここを切り抜けよう。

「ごあいさつ!なにが証拠よ!」

「ぼくが証拠……」

 エルグはサングラスを外す。その下から現れたのは  

 赤い目。

  !」

「きみの目は赤い。ぼくの目も赤い。ぼくたちは同族だ、星」

 おもわず、抱きついていた。エルグにすがりつく星の目から涙があふれる。

  さびしかった……!」


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