ある日魔法にかかったら

ある日魔法にかかったら

 朝、目が覚めた時は、ユキはまさか自分が魔法にかかっているなんて全然気づかなかったんだ。

「ユキー!ごはんよ、起きなさーい!」

って、いつもの通りママが台所から呼ぶ声がして、いつもの通りユキはめんどくさいなぁと思って、まだ起きていないことにして布団にもぐりこんだ。

 そろそろ起きないと遅刻するな、って時間になって、ようやく起きて台所に行くと、ママはもういなくて、パパがニュースを見ながらコーヒーを飲んでいた。ユキはだまっていつもの自分の席に置かれたパンを食べて、牛乳を飲んだ。お姉ちゃんはもうとっくに食べちゃったみたいで、洗面所で制服のリボンを結び終えると、

「それじゃパパ、いってきまーす!」

と言って出ていった。ユキが起きてきたこと、気付いてないみたい。

 8時になってパパがテレビを消す。会社に行く時間だ。

「あれ、ユキはいつ起きてきたんだ?」

 パパがユキの空っぽのお皿に気付いた。いつもならここでパジャマ姿のユキがママに「早く着替えなさい!遅刻するでしょ!」と怒られるところだが、この日はママが留守だった。そういえば今日から近所のケーキ屋さんでアルバイト始めるって言ってたっけ。

 でもその次の瞬間、パパが不思議なことを言ったんだ。

「ユキはいつの間に学校行ったんだ?いつもあの子は『おはよう』も『行ってきます』もないんだからなぁ」

「あれ?パパ、ユキまだここにいるよ?見えてないの?ロウガン?」

 ユキは冗談のつもりでそう言った。でもパパはユキの声なんか聞こえなかったみたいに、それどころか本当に見えてないみたいに、そのまま出かけて行っちゃったんだ。

「変なの……ローカゲンショーかな?」

 でも本当にびっくりしたのはその後。ユキが着替えをしようと鏡を見ると、なんと自分が映っていない!

「え……うそ……なんで?どうして?」

 そう、ユキは透明人間になっちゃっていた。

 

 透明人間なんだから、学校になんか行かなくったっていいよね。そうユキは思ったが、部屋にひとりでいてもなんとなくそわそわしてしまうので、出かけることにした。

 透明人間なんだから、パジャマのままで平気だよね。ユキはそう思ったけれど、

「でも、突然魔法がとけたらどうしよう」

 いきなり透明じゃなくなって、街の中でパジャマで歩いていたらさすがに恥ずかしい。だからいつ魔法がとけてもいいように、結局着替えてランドセルもしょって、とりあえず学校へ向かってみた。ユキが着たり持ったりすると一緒に透明になるので、服やかばんが宙に浮いたりすることはないみたい。

 学校に着くと、もう先生がみんなの名前を呼んでいた。でもいつもユキは返事なんかしないで、落書きをしていたりおしゃべりしていたりするので、先生はユキがいないこと(いや、正確には透明になってそこにいるんだけど)に気付かない。それにランドセルはロッカーに置いておいたからね。

 ユキは透明人間ライフを楽しむことにした。手はじめに教室のすみのカタツムリの水そうのふたをこっそり開けておいたり、誰もいない音楽室でピアノを鳴らしたり、廊下で教頭先生のハゲ頭にうしろから黒板消しをぶっつけてやったり。赤と黄色のチョークの粉をたっぷりつけたやつ。ユキが遅刻してくるといつも「おや、今日もおそようございます」なんてイヤミを言うんだ。

 大嫌いな体育ではサッカーの得点をひたすら0に戻した。体育でサッカーをやるなんて何の意味があるのか全然わからない。

 それからいつも意地悪なコータローには、宿題のノートを隠してやった。でも実はコータローは宿題をやってきていなかったから、あんまり意味がなかった。だから給食の時間に横を向いているスキに牛乳をスープに入れてやった。

 少し困ったことは、ユキは透明人間なので給食を配ってもらえないのだ。トレイを持って並ぶとトレイごと消えてしまうので、おかずのお皿やスープのおわんを渡してもらえない。仕方ないのでコッペパンと牛乳だけしっけいして食べたけれど、朝ごはんとあまり変わらなくて、おかずがないとなんだかもの足りなかった。

 そんな調子で思いつくいたずらをやりつくすと、ユキはつまらなくなって、授業が終わる前に学校を出た。どうやら魔法はまだとけないらしい。

 透明人間だと、お店に入ってもレジでお金を払えないから、何も買えない。盗んでしまえばいいのかもしれないけれど、さすがにそれはできなかった。リョウシンがとがめるってやつ。

 公園に行くと、大きな大きなイチョウの木が金色の葉っぱを降らせていた。足が埋まるほど、落ち葉でいっぱいだった。なんとなく、きれいな落ち葉を選んで拾い集めていたら、学校が終わる時間になって子どもたちがやってきた。その中にはユキの友だちもいた。ユキは思わず駆け寄って、

「レイちゃん!」

と声をかけた。でもレイちゃんにはユキの声は聞こえないし、姿も見えない。レイちゃんはユキには気付かずに、一緒に来たトモユキやなっちゃんと遊具に登ったり鬼ごっこをしたりして遊んだ。ユキも一緒に遊んでいるつもりで追いかけてみたけれど、もちろん全然面白くなくて、すぐにやめた。

「おうちに帰ろうかな……」

 ユキはだんだん透明人間でいるのに飽きてきていた。誰とも話せないし、遊べないのは、本当につまらなかった。

(帰ったら魔法とけるかな)

 でも家を出る前から透明だったから、帰っても魔法はとけないかもしれない。ユキは不安になってきた。

「このままずっと透明人間のままだったらどうしよう」

 さすがに夜になってもユキが家に帰らなかったら(いや、正確には家に帰っているけど姿が見えないってことなんだけど)、みんな心配するよね?そしたらソウサクネガイとか出すのかな。でもそれって、結局ユキはいないことになっちゃうじゃないか。おまわりさんが家の中にいる透明人間を見つけられるわけがない。

 そのうち学校でもユキがいないことにみんな気付いて、今日みたいにランドセルをロッカーに置いたままいたずらしたりしたら、「ユキのユウレイ」なんてうわさが立って……。

 考えているうちにユキは怖くなってきた。まだ生きているのに、ここにいるのに、ユウレイなんてイヤだ!

 帰り道を夕日が赤く照らしている。道行く人たちの足元から伸びる長い影は、ユキにはない。ポケットの中では、さっき拾ったイチョウの葉っぱがカサカサいっている。

 家の前までたどり着いた時、ユキはもう少しで泣きそうだった。

 ドアを開けるとシチューのにおいがした。ママがアルバイトから帰ってきて、夕ごはんを作っていた。ユキはおなかがすいて、今すぐにでもシチューを食べたかった。

「ママー、おなかすいた!」

 ユキはママの背中に叫んだ。ママは振り向きもしない。

(やっぱり、まだ透明人間のままなんだ……)

 ユキは今度こそ本当に悲しくなって泣き出してしまった。えーんえーんと声を上げて泣いているのに、ママは全然気付かない。

 そこへお姉ちゃんが帰ってきた。

「ただいまー」

「あらお姉ちゃん、お帰り」

「あれ?ユキは?」

「やだ、まだ帰っていないのかしら。もう暗いのに」

「玄関に靴はあったから、部屋じゃないの」

「あら、いつ帰ってきたのかしらね」

「あの子、あいさつとか返事とかしないもんね。いるんだかいないんだかわかんない」

「ママ、お姉ちゃん、ユキはここにいるよ。なんで見えないの?ここにいるよ!えーん」

 すぐ横でわんわん泣いているユキをそっちのけで、ママとお姉ちゃんはのんきにおしゃべりをしている。

「あ、今日シチューだ。やった」

「寒くなってきたからねえ」

「おなかすいた。食べていい?」

「いいわよ。手を洗ってきてね」

「はーい」

 ママはユキの部屋に向かって呼んだ。

「ユキー、ごはんよ、おいでー」

「いっただっきまーす」

「お姉ちゃん、待って。ユキがまだよ」

「えー、ほっとこうよ、いつも呼んでもすぐ出てこないじゃない」

「そうねえ。冷めちゃうし、先に食べちゃおっか」

 ママとお姉ちゃんはさっさとシチューを食べ初めた。白くて甘くておいしいママのシチュー。

「ユキここにいるよ!おなかすいたよー!シチュー食べたいよう」

 どんなに泣いても、ユキは透明人間のままだった。

 泣き疲れたユキは、気付いたら自分の部屋のベッドにいた。

(知らなかった、透明人間ってひとりぼっちなんだ……)

 ユキはぼんやり考えた。

「透明人間になっちゃうわよ」

 ふと、ずっと昔にママにそんなことを言われたのを思い出した。そうだ、その時ユキはたしか、

「いいもん、透明人間なら幼稚園行かなくていいし、遊園地もタダで遊べるし」

なんて言ってふざけてたんだ。ユキがまだ小さくて、幼稚園に行っていたころだ。

(ママはなんであんなこと言ったんだっけ?)

 考えているうちに、いつの間にかユキは眠ってしまっていた。

 

 夢の中で、ユキは小さいころに戻っていた。

「ユキ、早くごはん食べなきゃ幼稚園始まっちゃうわよ」

「うさちゃんはこっち、くまちゃんはこっちね」

「ユキ、ごはん冷めちゃうよ」

 ママが何度ユキを呼んでも、ユキは買ってもらったばかりのぬいぐるみに夢中で、ママの声なんか聞いていない。

 たまりかねたママがぬいぐるみを取り上げて、ようやく泣きながらごはんを食べ始める。

「ユキ、いただきます、は?」

「もう食べちゃったもん」

 ぬいぐるみを取られたユキは、きげん悪く言い返す。ママはためいきをついて言った。

「お返事もごあいさつもしない子は、そのうちだあれも呼んでくれなくなって、いつか透明人間になっちゃうわよ」

 

 はっ、とユキは目が覚めた。

(そうだ、ママに言われたんだ。それじゃあ、透明人間の魔法をかけたのは、ママ?)

 その時、トントンと扉をノックする音が聞こえた。

「ユキ、いるの?」

「はい!」

 ユキは思わず大きな声で返事をした。

「よかった。シチューできてるわよ」

「はいっ!いただきます!」

 ユキはドアを勢いよく開ける。

「まあ、どうしたの。いいお返事ね」

 ママがユキを見て笑っている。

「ママ、ユキが見えるの?」

「何言ってるの。まだ目はちゃんと見えてますよ」

「いや、そういう意味じゃなくて……」

「じゃあなあに?まさかあなた、透明人間にでもなってたっていうんじゃないでしょうね」

 ママはそう言うと、くすくす笑って台所へ戻っていった。

 

 

 


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